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ダウンシフトを生きる

「ダウンシフト」、一緒にはじめませんか?

食べるということ

こんにちは。OGUROBBYです。 今日は、避暑も兼ねて実家近くの喫茶店にノートPCを持ち込んで、書いてます。
最新式のリンゴマークの薄ーいPCだとスマートな、いかにも横文字が似合う感じなのでしょうが、我が家のノートPCはとっても分厚い国内T社製。発熱量も力強い存在感です。流石は原発のプラントも作っているだけある。

とは言え、今日はなんとなくノマド

いよいよ移住も秒読み。
都会でのひと夏の想ひ出。(笑)

先週末、“農”をテーマにしたシンポジウムに参加してきたので、感じたことを。

 

目次

1.都市を耕す

2.食べるということ

 

 1.都市を耕す

 シンポジウムの中でドキュメンタリー映画が放映されました。

「Edible city 都市を耕す」
2014年/米国/56分  監督:アンドリュー・ハッセ

冒頭、人々がツルハシで道端のアスファルト路面を破壊し、下から現れた土に植物を植えるシーンで始まります。
映画自体は、サンフランシスコ、バークレーオークランドの3都市で、人々が自らの手で食べるものを作ることに挑戦し、食を取り戻していく様子を綴ったドキュメンタリーです。

2年前に愛知から東京に戻ってきて、近所の商店街を見て思ったんですよ。

「げ、チェーン店ばっかり。」

愛知もずいぶんと小奇麗な店が増えてはきていましたが、チェーンといっても、ローカルなチェーンが多いんですよ。

東京はスーパーの食品売場も、何かつまらない。どこに行っても、売っているもの同じで個性がない。

“食べる”という行為の重み付けが、随分軽くなった気がしました。
“食べる”ことに費やす時間も隅っこに追いやられ、“食べる”こと自体の楽しみも減った。

誰かと「会食」することは楽しいけど、「会」がメインのことが増えました。

序盤で黒人女性の方が、料理しながら放つ言葉が、僕の耳を捉えました。

― 人間はもともと食べるために生まれてきた。それ以外はすべて後付け。 ―

 

 

 2.食べるということ

 そもそも、このシンポジウムは“農”をテーマにしたものでした。
このテーマの中で、冒頭に映画の上映があったわけです。

「Edible city」は気付かせてくれました。
いつの間にか人間は食べる事を‟作業“にしてしまったんだな、と。

作物の育成速度を揃えるために、子孫を遺せないF1種の種を蒔く。
そうすれば収穫を効率的に行える。

除草をしなくてすむよう、特定の除草剤に耐性を持たせた遺伝子組換えの種を蒔く。
なかには、作物を食べた虫が、すぐ死ぬよう遺伝子組換えされたものもあると言う。

いつの間にか、農業も効率重視の経済システムに組み込まれてしまった。
そして、この経済システムの中で、僕たちにあてがわれた役割は、「消費すること」。

そもそも昔は、食べる事=生きる事であり、人間は食料を得るため、若しくは作物を得る田畑をめぐって、戦争だってやってきた。
戦争はよくないことだけど、食べる事はそれくらい人間にとって重要だった。

講演者のスピーチにもありました。

「大事なのは暮らしであって、お金が大事なのではない」

暮らしの中で、「食べる」ということを、もっと大切にしていきたい。

 

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