ダウンシフトを生きる

「ダウンシフト」、一緒にはじめませんか?

山本太郎という漢

こんにちは。OGUROBBYです。

1か月ちょい前に頂いたサツマイモを蒸かして食べました。
甘味がのって、滅茶苦茶美味しかったです。

サツマイモは寒さが苦手。
あまり寒いと腐ってしまうそうです。
寒さを何とか凌(しの)ごうと、澱粉を糖に変えてエネルギーにします。
この糖が甘味につながる、というわけ。

昔、北海道旅行中にホテルの朝食で食べたジャガイモが感動的に甘かった。
蒸かしただけなのに。
でも、愛知や東京のスーパーで買う北海道産じゃがいもは、普通の味だ。
恐らく、同じ理屈なんだろうなぁ。


さて、今日取り上げる本は、こちら。
2012年2月に、単行本として刊行されたようですが、今年6月文庫化と共に最終章が加筆されています。

山本太郎 闘いの原点: ひとり舞台 (ちくま文庫)

 

目次
1.山本太郎という漢
2.人は何のために生きるのか

 

1.山本太郎という漢

「漢」と書いて、「おとこ」と読みます。(笑)

皆さんは、山本太郎さん、ご存知でしょうか?
2013年の参院選で東京選挙区から出馬、当選。
今は、参議院議員を務めています。

 「俳優としては先が見えているから、上手に転身したよね。」
 「有名人が知名度利用して政界に転身するパターンって、良くあるよね。」

なんとなく、こんな声もあるのかもしれません。
でも、違います。
原発の問題は勿論、TPP、安保問題、憲法改正…etc. 本当によく勉強されています。

早速、引用します。

 今、問題は山積しています。原発TPP、安保、労働問題、貧困問題、憲法改悪などなど。これらは全部、根底ではつながっている。その根底にあるものはいくつかありますが、最大の理由は、いわゆる新自由主義。大企業の利益をトコトン追及する考え方です。
 政治は、企業に最大限儲けてもらうことを中心として政策をつくり、ルール変更をし続けている。その中には、国民から集めた税金を企業にいかに横流しするかということがメインテーマとしてある。当然、この国に生きている人の99.9パーセントの首は、徐々に絞まっていく。

引用元: 山本太郎 「山本太郎 闘いの原点」
※以後、特に断りない限り、引用元は同著とします。



僕流に解釈を加えます。
今の世は、結局何かにつけて経済原理を優先しすぎなんです。

新自由主義」とか、「自由競争」とか。
言葉だけ聞くとフェアな感じがしますけど、やっていることは搾取です。
「自由競争」と言っても、グローバル経済においてはヨーイ・ドンで一斉にスタートじゃないですから。いわゆる発展途上国は、「自由競争」、「規制緩和」の名の下に、グローバル企業に好き放題やられてしまった。勿論、先進国の進出は、一定の雇用を産んだのかもしれない。だけど、それまでその国の食を支えていた農地は、一部は工場用地に変わり環境を破壊。残る田畑も収率優先で世界への食糧供給地となる。即ち、化学肥料を撒かれ、遺伝子組み換えの小麦や大豆の種が撒かれる。グローバル企業から、石油製品やテクノロジーを買わなくては、生活が成り立たないようになってしまった。グローバル経済というシステム・競争に組み込まれてしまう。
結果、今までローカルで自給できていたものが、できなくなってしまう。

この時点で、莫大な権益が発生していることにお気付きでしょうか?
権益を受ける側(先進国)と、搾取される側(途上国)は明白です。

このブログでは、ダウンシフトを通じた自立を訴えています。
正に、真逆の事がこれらの国では起きたのです。


話を山本さんに戻しましょう。
山本太郎さんは、3.11の東日本大震災での福島原発事故の後、反原発活動を開始。

その辺りのことを、山本さんはこう言っています。

16歳から社会人ですから、スタートが早かったということもあるけど、世間とは少しずれた世界で生きてきた。僕はその間、社会状況についても全く知らなかったわけです。はっきり言って、竜宮城にいたようなもんですよ。これは少し嫌らしい言い方で、僕自身は嫌いな感覚だけど、選民意識みたいなものがうっすらと自分の中にあったのかもしれない。(中略)国、政治に対して、人々を切り捨てることはない。不幸にもそんな人がいたとしても、自分はそうなるはずはない。そんな具合に自作の安全神話みたいなものを抱いていた。
それをガラッとひっくり返されたのが、あの原発事故です。あの時、自分自身も切り捨てられるひとりなんだ、ということを強く意識した。つまり、そのことにすごくショックを受けたわけです。
  (中略)
自分の中のスイッチが本格的に入ったのは、国が子どもの被曝に対しても20ミリシーベルトという基準値を与えた時です。なるほど、この国の中ではもう内戦が始まっているんだ、と理解しました。


「内戦」というのは、既得権益を巡る争いだと、僕は解釈しています。
メディアの情報が偏っているので、僕たちも知らず知らずに既得権益側に利する行動を取ってしまうことが多いのですが…。


日本では、小泉政権のときに一気に規制緩和が進みました。

「改革は痛みを伴う。聖域なき構造改革。」

よく耳にしましたよね。
郵政民営化、あれも「新自由主義」の中で捉え直すと、全く違う解釈となります。
僕自身、当時は改革の背中を押してしまった側なのですが。

会社の寮が徒歩圏内ということもあって、毎晩12時近くまで仕事していたあの頃。
いわゆる「お役所的」なイメージの仕事が許せず、、、

この「お役所的」なイメージも、いつ、誰から植え付けられたのか。
仕事のペースが遅いと「お役所か!」と罵声を浴び、
得意先の結論が遅いと「あそこは官僚的だから…」と断定する。

そんなイメージが、投票につながってしまった。

その結果、働き方の部分でも規制緩和が進み、派遣社員が一気に増えたわけです。
郵政選挙」を隠れ蓑に、色々やってくれたな!と今は思いますが、後の祭り。
正社員は正社員で大変です。
正社員の数が減るので、やらなきゃいけない仕事が増えるわけです。
ある意味、仕事の押し付け合いみたいな状況が生まれてくる。
その仕事を押し付ける、大義名分を考えるのが、新たな仕事になってきたりする。

大企業も低コストの国と競争するから大変なんですけどね。


山本太郎さんは、この国で一大スポンサーである電力会社に目を付けられた結果、俳優としての仕事を失うこととなる。


僕が反原発を唱える前までは、CMの年間契約が1本2000万ぐらいでしたね。スケジュールの拘束は2,3日くらいかな。一番効率の良い仕事がCM。中堅俳優の入り口にいた僕でさえ、その金額。ギャラは事務所と、契約に従ったパーセンテージで分けます。もちろんギャラは、人によって違います。CMが入ると、それ以降の仕事を慎重に選べる余裕が生まれます。仕事がなければ、食べるために焦りますよね。
   (中略)
タレントがCMに出演する、しない以前に、テレビは広告枠を企業などに売ることがメインの商売ですから、スポンサーの機嫌を損ねる余計なことを言う人間をテレビは使いません。お得意様に失礼にあたる者は出演させない、って当たり前ですよね。いい子に出来ないなら仕事はあげない。「お前の代わりはいくらでもいる」。シンプルな話です。

アンタッチャブルなのは原発・被曝だけでないのは皆さんご存知の通り。TPPが決まれば、大企業が最大限に金儲けできるような規制緩和が21分野以上にわたって次々と行われますから。テレビがほとんど、TPPの危険性に突っ込みを入れないのは当然です。


かつては、僕も山本太郎さんをイロモノと思ってました。
メロリンQ」は知らなかったですけど。(笑)

ただ、世の中の利権とかに疑問を感じ、そういう想いで山本さんの発言を聞いてみると、凄く良く勉強されているのが分かるし、何より弱者代表として既得権益側と闘ってくれているのが良く解る。
中途半端な想いでは、ここまではやれません。

先日、国会というか参議院の特別委員会の動画を見ました。
この種の映像は、随分久しぶりに見ました。

TPPの安全性についての山本さんの質問に対し、大臣は何も答えてないですからね。
関係ない話をもってきたり、、、良く意味の解らない難しい言葉で煙に巻こうとしたり、、、
意図的なのか、答えを持っていないのか。
「おいおい、どっちが牛歩戦術だよ」と感じてしまうのは、僕だけでしょうか。
誰も見ていないと思ってなのか、完全に国民を愚弄しています。



2016.11.22 TPP特別委員会


言葉と言うのは伝わってなんぼ、です。
難しい言葉遣いで何を言いたいのか分からない。
それは文章が悪いんです。
理解できないからと言って、読み手がコンプレックスを感じる必要はない。



2.人は何のために生きるのか

これって誰もが一度は考えたことがある、大きなテーマじゃないでしょうか。

 人生を終えるとき、自分はいったい何のために生きてきたんだろうって、たぶん誰もが考えると思うんですよ。仕事で認められたとか、どれだけ稼いだとか、そんな小さなことじゃなくって。もっと「人としてどうやった?」みたいな総括を。その際、ここで声を上げなかったら、今の37歳の時点でもう「採点不可」じゃないですか。だって、どう考えても世の中のためにならないものを、黙って後の世代に押し付けるわけだから。たとえ80歳まで生きられたとしても、残りの40年以上は死んだも同然みたいな感じになってしまう。東京から逃げることを否定するわけじゃ全然ないんですよ。むしろ生き物としては自然な反応だと思う。だけど僕自身は、その後悔を抱えたままで生きていく方が、何か怖かったんでしょうね。


社会人時代、僕も自分の仕事の意義については、何度も自問自答しました。
20年足らずで2つの会社、部署単位だと4つの部署を経験しました。
その時その時で、答えが出せるとき、出せないときありました。

会社という一つの組織の中では、意味はある。
でも社会の中でどうなのか。
特許とか例外はあるかもしれないけど、多分、その会社がやらなくても、別の会社がやるんです。

冷蔵庫も、炊飯器も、テレビもパソコンも、自動車も、そりゃ便利なものだ。
松下幸之助も、本田宗一郎も、エジソンも、そりゃあ凄い人だ。
でも人間に寿命があるように、会社にだって寿命はある。
永遠の命を願ったとき、その代償はどこにいくのか。


何十万人もの命を一瞬で奪い去った核爆弾や細菌兵器
あれだって最初は 名もない化学者の純粋で
小さな夢から始まっているんじゃないだろうか?
そして今また僕らは 僕らだけの幸福の為に
科学を武器に 生物の命までをもコントロールしようとしている

 引用元 : Mr.children 「Everything is made from a dream」

 
最後に、アップル創業者であるスティーブ・ジョブズの最期の言葉を引用します。
ちょっと長いんですが、もう暫く、お付合い下さい。

私は、ビジネスの世界で、頂点に君臨した。
他の人の目には、私の人生は、
成功の典型的な縮図に見えるだろう。

しかし、仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。
人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた人生の
単なる事実でしかない。

病気でベッドで寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。

私がずっとプライドを持っていたこと、
認証(認められること)や富は、迫る死を目の前にして
色褪せていき、何も意味をなさなくなっている。

この暗闇の中で、生命維持装置の
グリーンのライトが点滅するのを見つめ、
機械的な音が耳に聞こえてくる。
神の息を感じる。
死がだんだんと近づいている…。

今やっと理解したことがある。

人生において十分にやっていけるだけの
富を積み上げた後は、富とは関係のない
他のことを追い求めた方がよい。

それは、人間関係や、芸術や、
または若い頃からの夢かもしれない。

終わりを知らない富の追求は、
人を歪ませてしまう。
私のようにね。

神は、誰もの心の中に、
富によってもたらされた幻想ではなく、
愛を感じさせるための「感覚」
というものを与えてくださった。

私が勝ち得た富は、(私が死ぬときに)
一緒に持っていけるものではない。

私が持っていけるものは、愛情に溢れた思い出だけだ。

   引用元: 高坂勝 「次の時代を、先に生きる。」


この本も、とても素敵な一冊です。
いずれ、このブログでも取り上げたいと思っています。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。